チェルニヒヴ(チェルニゴフ)

キーフ(キエフ)の北約150 kmにある、デスナ川に面するまち。キエフ・ルーシ最古のまちのひとつ。

ピャトニツカ(パラスケヴァ・ピャトニツァ)教会

12世紀末〜13世紀初頭の建造。
パラスケヴァ・ピャトニツァは、中世ロシアにおいて商業の守護聖者として崇拝された。チェルニヒヴでも同様の信仰が存在したようである。

ピャトニツカ(パラスケヴァ・ピャトニツァ)教会

チェルニヒヴ歴史博物館

歴史博物館、スパシコ・プレオブラジェンシキー大聖堂、ボリソフリブシキー大聖堂はチェルニヒヴのジチネツ(デチネツ)とよばれる区画内にある。
ジチネツは10世紀中頃建造されたチェルニヒヴの城塞で、「ヴァル」とも呼ばれる。

チェルニヒヴ歴史博物館

スパシコ・プレオブラジェンシキー(救世主変容)大聖堂

ムスチスラフ・ウラジーミロヴィチ公(チェルニゴフ公在位1024〜36年)が建造した教会。
文献史料での初出は1036年。

スパシコ・プレオブラジェンシキー(救世主変容)大聖堂

ボリソフリブシキー(ボリス・グレブ)大聖堂

1120年代に建造された。柱頭に独特のモチーフが刻まれている。

ボリソフリブシキー(ボリス・グレブ)大聖堂

チョールナ・モヒラ(チョールナヤ・モギラ)

ジチネツのすぐ外側に位置する、10世紀後半の墳丘墓。高さ約11 m、土台の直径約40 m。
写真中央は、墳丘墓の頂に立てられた、19世紀後半のД・Я・サモクヴァソフによる発掘を記念する石碑。
写真右は環バルト海研究会のメンバー、写真左はチェルニヒヴのガイド役を務めていただいた現地の考古学者の方々とオレクシイ博士。

チョールナ・モヒラ(チョールナヤ・モギラ)

ボルジヌィ丘にある墳丘墓「グリビシチェ」

9世紀末〜10世紀初頭の墳丘墓。ボルジヌィ丘には、このほかにも、10〜12世紀の墳丘墓が多数残っている。
写真手前右は、ポドル考古学センターの考古学者で、シェストヴィツァ発掘に直接かかわる、オレクシイ博士夫人のナターリヤさん。


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