豊田工大Release
狙った分子を光で動かす!光マニピュレーションでナノの世界を操る~ 工藤哲弘 講師がJST「創発的研究支援事業」に採択 ~
2025.07.30
学校法人トヨタ学園 豊田工業大学(学長:保立 和夫、名古屋市天白区)の工藤哲弘講師(大学院工学研究科 電子情報分野 レーザ科学研究室)が、JST「創発的研究支援事業」に採択されました。
本事業は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主体となって、研究者の支援をおこなう事業で、今回は応募総数2,262件に対し246件(10.9%)の研究課題が採択となり、本採択情報は、2025年7月25日にJSTホームページで公開されました。
創発的研究支援事業について
特定の課題や短期目標を設定せず、多様性と融合によって破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指す「創発的研究」を推進するため、既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な多様な研究を、研究者が研究に専念できる環境を確保しつつ原則7年間※にわたり長期的に支援します。創発的研究支援事業についての審査等は、JSTで行っています。(下記文部科学省ホームページより抜粋)
研究者
大学院工学研究科 電子情報分野 レーザ科学研究室 工藤哲弘講師
研究課題名
「中赤外レーザーナノ物質操作技術の創出とその応用」
研究期間
- フェーズ1 2025年10月~2029年3月
- フェーズ2 2029年4月~2033年3月
※本事業は研究期間を7年間とし、フェーズ 1(3年間)とフェーズ 2(4年間)の2つのフェーズに分けます。全ての採択者はフェーズ 1 から研究を開始し、ステージゲート審査を通過した課題について、継続してフェーズ2の研究を行います。ステージゲート審査を通過できない場合は、フェーズ 1 終 了を以て創発的研究を終了とします。また、フェーズ2終了時から原則毎年度の審査を条件に最大3年度まで研究を延長する場合があります。(創発的研究支援事業2024年度募集要項より抜粋)
研究概要
「光マニピュレーションの技術」と「中赤外領域における分子振動共鳴効果」を用いて、狙った分子を光操作する技術を創出します |
光を用いることで、微小な物体を動かし操作することができます。不思議なことに、光には重さがありませんが、運動量を持つため、物質に力を加えることができます。この力は輻射力や光圧と呼ばれています。 また、この力を利用した操作技術は、光マニピュレーションと総称され、例えば赤血球や酵母菌、ウイルス、DNA、タンパク質、分子、原子さえもトラップし、それらを操作できるようになってきています。 2018年のノーベル物理学賞に選ばれた光ピンセットや光トラップはその代表例です。これらは特に、生命活動に必要な生体分子などの機能を明らかにするための基盤技術として利用されています。 最近では、多数の冷却原子を同時に光トラップし、量子コンピュータにおける計算への応用研究なども報告されており、その応用範囲は多岐にわたります。
一方で、私たちの目に見える赤色よりも少し波長が長い赤外領域の光を使うことで、分子を識別することができます。さまざまな分子はそれ固有の周波数で振動しています。そこに周波数の合った赤外光が当たると、分子が共鳴的に振動し、その光は吸収されます。つまり、広い赤外領域の光を用いて、どの周波数の光が吸収されたのかを見ることで、分子の種類を識別することができます。 これは赤外分光技術として知られており、例えば、大気中の二酸化炭素濃度分析、土壌内の化学成分の分析、材料科学やナノデバイス、ライフサイエンスなどの基礎や応用研究における物性分析には欠かせない技術となっています。
さて、周波数の合った赤外光を分子が吸収したら、それだけ大きな力が分子に働かないだろうか。また、さまざまな分子が混在する中から、狙った分子だけを動かすことはできないだろうか。我々はこの着想に基づき、2020年より赤外レーザー、特に中赤外レーザーを用いた光マニピュレーションの研究を開始しています。 現在は、分子よりも三桁大きいマイクロ微粒子を用いた実証実験には成功しています[1-3]。具体的には、中赤外レーザーに対して、吸収量の大きい微粒子ほど速く押されることを明らかにしました(イラスト参照)。移動距離の違いを利用することで、微粒子を分子の種類ごとにわけることが可能になると期待されます。
当事業の研究では、対象物質のナノスケール化に取り組み、中赤外レーザーを用いたナノ物質操作技術の創出とその応用を目指します。具体的には、ナノ材料やウイルス、タンパク質、分子を赤外スペクトルの違いによって分離できる技術を創出し、それらの選別回収や選択的トラップ、配向技術への応用へと展開していきます。
用語解説
- 光マニピュレーション ・・・ 光で微小な物体を動かし操作する技術
- 分子振動共鳴効果 ・・・ 分子が持つ固有の振動周波数と、外部から与えられる光の周波数が一致した際、その分子の特定の振動が非常に強く励起される現象
引用
- A. Statsenko, Y. A. Darmawan, T. Fuji, T. Kudo, Phys. Rev. Appl. 18, 054041 (2022).
- Y. A. Darmawan, T. Goto, T. Yanagishima, T. Fuji, T. Kudo, J. Phys. Chem. Lett. 14, 7306 (2023).
- Y. A. Darmawan, T. Yanagishima, T. Fuji, T. Kudo, Anal. Chem. 97, 14658 (2025).